女性心理を学ぶチャンスは滅多にない
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女性とのつきあい方や女性心理を知ることが、男の人生を左右する時代になった。
ところが男と女の違いについて、学校では皆無というくらい教えてくれないし、男性が女性心理について学ぶ機会は滅多にない。
女兄弟や女の幼なじみでもいれば、それを見て女性心理を多少は知ることもできるが女性全般についての知識を得ることはできない。
そしてそれは逆に女性の側からも同じ事が言えるので、女性の男性不理解も問題になってきた。
昔は「男の子は男らしく」「女の子は女らしく」という教育が普通で、だからこそ母親も女性教師も「男らしさ」というものが何かそのためには何をすればよいかという視点で男の子を見ていたり接していたはずだ。
ところが近年は「男らしさ」「女らしさ」というイメージが曖昧になり、何が男らしさで何が女らしさなのかよくわからなくなってしまった。
特に1980年代にジェンダー・フリーという和製英語が作られ、「女は女に生まれるのではない、女に育てられるのだ」などという標語が有名になったせいで混乱はさらに大きくなった。
男と女は違わないのだから、同じように扱えばいいし同じように接すればよい。
そんな風な風潮が流行ってしまったので母親も女性教師も、男の子に対して女性の論理や価値観を押しつけ、男の子は母親や女性教師から、いじめられて育つようになってしまった。
歯科医のホワイトニング
ジェンダー・フリーは何の根拠もなかった
ジェンダー・フリーという考え方は、簡単に言うと人間は生まれた時点で肉体以外は男女差というものはなく、育てられ方によって男っぽくなったり女っぽくなるモノだ…という理屈だ。
男の子であっても女の子が好むモノを周囲に置いて育てれば女っぽくなり、女の子であっても男の子が好むモノを周囲に置いて育てれば男っぽくなる。
要するに男だとか女だとか言うモノは、育てる環境によって作られるモノであり、生まれたときは男も女もない中性なんだという考え方である。
ところが実はこれを裏付ける科学的根拠は殆どなかった。
さらに1990年代からは脳科学やDNAの解析が進み、逆に男女の違い・性差というモノが科学的にドンドン解明され始めた。
つまり育てられ方によって男女の性差が生まれるというのは、医学的根拠も統計学的な根拠すらない、ただのデマだった。
ところが日本の学校教育ではなぜか、1980年以降にジェンダー・フリー運動が進んだ。
男だからこれはダメ、女だからこれはダメという考え方は排除され、男が主で女が従というような考え方は、否定されるようになった。
男であろうと女であろうと可能性は否定しないという方針で、これ自体は特に何か問題があるというわけではない。
ところがなぜかそれと同時に、男女を一緒くたに扱うような動きも進んだ。